故江戸川乱歩氏の『黒蜥蜴』から自由に翻案して、一応の現代化でありながら、原作の大時代な味を十分に生かし、現代劇でありながら種々歌舞伎の手法をとりいれ、大人の芝居としての頽唐味を、デカダンスを強調し、とにかく卓上に飾られた巨大な華麗なデコレーション・ケーキに、よく見るといっぱい蛆が巣喰っているという感じの、美的恐怖恋愛劇に仕立てたのは、今から見ると、流行のアングラ劇のハシリと見られぬこともない。以上は自画自讃である。
さてこの主人公の女賊黒蜥蜴は、十九世紀風フランス大女優の役どころで、どこから見ても、tres tres granddame でなければならない。現存の女優では,エドウイージュ・フィエールなんかがこれに当るだろう。初演のときには、水谷八重子さんがみごとな成果をあげた。水谷さんのもつ堂々たる風格と,「無関係の色気」ともいふべきものと、その古風なハイカラ味とは、余人の追随すべからざる成果を示した。さて、これを他の女優に求めようとしても、この日本の中にちょっと求められない。新配役による再演が永いこと実現しなかったのはこのためもあるが、先ごろ「毛皮のマリー」を見て、丸山明宏君の演技に私は瞠目した。君とは旧知の仲だが、歌は天才的であっても、長いセリフをこれほど堂々とこなせるとは、正直に言って、想像もしていなかったのである。容姿から言ったら、「黒蜥蜴」にピタリのことはわかっていたが、セリフで作者を唸らせてくれるかどうか未知数だったのである。「毛皮のマリー」で、丸山君は、長いセリフをみごとに構成し、一句一句を情感でふるはせながら、しかも強いハガネの裏打ちを施し、セリフが最後の頂点にいたると、噴出する悲劇的感情で観客の心をわしづかみにするといふ、一種壮麗な技法を示した。 (以下省略)